【Crusader Kings AAR】「アイルランドの窓辺から」第2回

第一回終了地図

Crusader Kingsについては以下の記事で

Deus vult!――「神それを欲したもう!」 中世シミュレーションの金字塔! 十字軍の機運高まる中世ヨーロッパで、一族の...

「アイルランドの窓辺から」第2回

領土拡張への道

Enna
「私は2代目レンスター公爵Enna Ui Mordha。
名実ともに優れた当家にこそ、アイルランドの玉座はふさわしいだろう。
そのためには、憎らしき他の公爵どもを除かねばならん……。」

さて、Mideとの戦争も一段落し国内の反乱も収めたところで、次に切り取る領土を検討していこう。

1080年11月06日以降、アイルランドは当家を含む4公爵家が割拠している。1)もちろんゲーム内の状況であって、史実とは異なると思う

4公爵

ここでアイルランドの南部を領するMunster公爵(オレンジ)とアイルランドの北部を領するUlster公爵(赤)が、同盟を結んでいることに注目した。
どちらか一方に攻撃を仕掛けた場合、片方が援軍を送ってくることになるので、レンスター公爵家は挟み撃ちにされてしまう。そのような状況は避けねばならない。

そこで目をつけるのが、アイルランド西部を本拠とするConnacht公爵だ。

彼らの同盟相手はフランス西部にあるBrittany公爵家。
彼らの援軍にさえ気をつけていればいいので、上下の公爵家に挟まれるよりかはマシである。
Mide伯領を攻めた時よりも国力が増しているので、遠方からの1公爵家の援軍に負けることは無いと見積もっている。

4公爵矢印

消去法でConnacht公爵

というわけで、次の目標はConnacht公爵領の切り崩しだ。

まずは威信点を使って、Connacht公爵領首都のMayoに対する要求権を得る。
ついでに、Mayo下のGalway伯領の要求権も得ておいた。Mayo強奪

戦の前の国内整備

戦争を始める前に資金をもう少し貯める必要があるだろう。
いざ軍を動かすと、大きな出費がでてしまうからだ。

国庫

クリックで原寸大になる

軍隊の維持費については公庫画面から調整できる。
減らすことも可能だが、100%にしておかないと軍隊の消耗が発生するなどの不利益があるようなので気をつけよう。

ちなみに、軍勢を動員していない時は何の費用も発生しない。

さて、ついでに領地法の調節もしておこう。
今回は、「伝統的慣習法」から「封建的契約法」へ切り替える。

領地法は、各階級に対する課税限界や軍の兵科構成(重装歩兵、騎兵といったもの)の比率などを決定する要因となるものだ。

領地法

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「伝統的慣習法」はこれといった特徴がなく、可もなく不可もなくといった領地法。
初期で選ばれている領地法である。

一方、「封建的契約法」は封臣の忠誠度にプラス補正がかかり、軽騎兵と軽歩兵主体の軍隊(慣習法の1.3倍規模)が編成されるようになる領地法である。
ゲーム序盤に強い領地法とされる。

おそらく今後は戦争の機会が多くなると予想されるので、大規模な兵力を編成しやすい「封建的契約法」がお得だと考えた。
アイルランド王になる過程で多数の封臣を抱えるようになると思われるので、忠誠にプラス補正がかかるのもうれしい。

2代目Enna、Connacht公を果敢に攻めたてる

Connacht公爵宣戦布告

1094年12月24日、Connacht公爵に宣戦布告する。
同日、Connacht公の同盟相手であるフランス西部のBrittany公爵から宣戦布告される。
織り込みずみなので全く問題はない。

Brittany公爵

当家の兵力は敵の3.7倍ほど。この戦、勝ったな!

当主直轄領の兵を動員し、ただちに敵軍へと挑みかかる。
Connacht公の弱兵を突き崩し、Brittany公の援軍も難なく追い返し、戦争は我が方の優位に進んでいく。

こうしてConnacht公爵は、なすすべもなく当家にMayoを奪われたのだった。

しかし月々55ゴールドもの軍維持費のおかげで、282ゴールドから-301ゴールドへ借金状態に。
多少の蓄えでは足りなかったか、相手の兵力と比して人員を動員しすぎたか…。
ただちに軍を解散させ出費を抑える。

とはいえ、Brittany公爵とはまだ和解していないので彼らの軍勢に対処しなくてはいけない。
果敢にも首都に突っ込んでくるBrittany公爵のために適宜、兵を動員する。
Brittany公爵が頑固者なのか、なかなか和平に応じてくれないのだ。なんてやつだ。
しばらくは適当に火の粉を反らし続けなくてはいけないだろう。

獅子の刃

その時、事件が起こった。

Enna

「なに!?卑劣……卑劣なりEngland王ロベール!!
我が国が戦争で疲弊したのを知ってのことだな!!!」

England王国による衝撃的宣戦布告!2)England王Robertは、何故かレンスター公爵への要求権を持っていたらしい
England王国旗下のYork公爵、Wessex公爵、Northumbria公爵の3公爵までもが、国王に負けじとレンスター公爵家に宣戦布告してきた。

Eng宣戦布告

一斉に宣戦布告されるの図

England王国は肥沃な土地を抱えたブリテン島の雄。
こんな国相手では、アイルランドの一公爵である我が家は危機的状況におちいるだろう。
時は1096年06月29日のことであった。

ロベール戦時のイングランド国領

England王国は強大だ

6か月後、レンスター公爵家首都Laiginに、England王の先遣隊3300が攻めよせてきた。

迎え撃つは2代目当主Enna自らが率いる部隊3500。
からくも撃退に成功するも、消耗を補うまもなく後続のWessex公本人率いる軍勢3500が首都に上陸する。
我が軍はよく持ちこたえるも結局は打ち破られ、ほうほうの体で撤退する羽目になった。

敵はそのまま首都Laiginに居座り城を包囲している。

このままだと首都を落とされてしまうため、僅かな敗残兵をかき集め反攻作戦にでることに。
何度か撤退を重ねるも、勇敢なる我が軍の攻撃に敵兵力も目に見えて疲弊してきた。
そろそろ首都から敵を追い出せるだろうと踏んで、再び兵をぶつける。

当家の戦力は1300、たいして敵は390あまり。
負けようのない戦だった。

2代目Enna、戦陣に落命す

Ennnaの死

1097年06月14日、2代目Ennaが陣中にて急死する。

390人の敵兵を攻め立てている真っ最中のことであった。
陣頭で指揮をとっていて、敵軍が必死の抵抗で放った矢でも直撃したのかもしれない。
が、真相は歴史の闇の中。

運命のいたずらによって公爵となったEnna、享年65才、彼の命運は尽きた。
予定通りEnnnaの長男Alfgarが当主の座を引き継ぐ。

Alfgar
「父上……Alfgarは必ずやこの戦に勝って、レンスター公爵家をますます富ませてみせます。
どうか安らかにお眠りください……。」

戦はつづき、人心は荒れる

3代目となったAlfgarは、4000の敵軍を約半分の手勢2200で撃退するなど活躍目覚ましく、飽きもせず領地にやってくる敵軍を淡々と追い返し続けている。

そんな折、突然の知らせが。
なんと、York公爵が自身の爵位と引き換えの和平を求めてきたのだ。3)3代目AlfgarがYork公爵位への要求権をもっていたらしい。まったく知らなかったので本当に驚いた。

York公爵位
もちろん承諾して、レンスター公爵家には3つ目となる公爵位が転がり込んできた。
怪我の功名といったところか。

その後、England旗下の2公爵とは和睦にいたったが、England王は何度も和平を突っぱね、無益な戦はずるずると続いた。

レンスター公爵家の財政は傾き、領内の生産は落ちこみ、内政は大変にとどこおった。

国土荒廃す

火の車

1101年09月10日、England王はようやく和睦に同意する。
England王Robertによって始められたこの戦争は5年の長きにわたって続き、ここに終結したのである。

後の世にいう、「ロベール5年戦争」である。4)もちろん私が勝手に名付けた

まとめ

ここまでで「アイルランドの窓辺から」第2回は終了。

戦ばかりが続いたが、大した実りがなかった印象。
まさかイングランド王国が仕掛けてくるとは思っていなかったので大変おどろいた。
戦争状態に突入したのが、イングランド王と取り巻き3名のみだったので何とか撃退できたものの、イングランド諸侯全員にかかってこられたらひとたまりも無かっただろう。
くわばらくわばら。

今回の年表

1094/12/24 Connacht公爵に宣戦布告する。Brittany公爵に宣戦布告される
1096/02/19 Connacht公爵と和平。Mayoを譲り受け、当主直轄地とする
1096/06/29 England王国より宣戦布告。York公爵、Wessex公爵、Northumbria公爵もこれに続く
1097/06/14 2代目Ennaが戦陣にて急死。長男Alfgarが継承する
1097/10/30 Brittany公爵と痛み分けで和解
1097/11/07 Scotland王と同盟を結ぶ
1098/07/19 Northumbria公爵と痛み分け
1098/07/22 York公爵と和平。York公爵位を譲り受ける
1098/07/30 Wessex公爵と痛み分け
1101/09/10 England王国と和睦する。「ロベール5年戦争」の終結

第2回終了時の領土

2回終了時

おまけ

ロベール

今回、England王として登場したRobertは実在の人物。
史実では彼はイングランド王位を継いでいない。

彼の父親は、ノルマンディー公ウィリアム。征服王、庶子王ともよばれる。
フランスのノルマンディーから殴り込みをかけ、1066年にイングランドを征服。ノルマン朝を開いた。
フランス風に名前を呼ぶならギヨーム。

長男Robertの呼び名は、wikipediaに習いロベールとした。

「アイルランドの窓辺から」リンク

第3回

プレイレポを通じて、Crusader Kings Completeの魅力をお伝えしようという企画。アイルランド王位を狙うレンスター公爵の物語。第3話。結婚を通じた戦略について。

第1回

はじめに プレイレポ(以下、AAR)を通じて、Crusader Kings Completeの魅力をお伝えしようという企画。 Cru...

References   [ + ]

1. もちろんゲーム内の状況であって、史実とは異なると思う
2. England王Robertは、何故かレンスター公爵への要求権を持っていたらしい
3. 3代目AlfgarがYork公爵位への要求権をもっていたらしい。まったく知らなかったので本当に驚いた。
4. もちろん私が勝手に名付けた
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